22.9.17

Tour de Molvccas 2.2 1st stage

9/18 Tour de Molvccas 第1ステージ 180km


中部国際空港からジャカルタを経由し、アンボン(Ambon)という街までやってきた。
ジャカルタ−アンボン便ではなぜか、ビジネスクラスの席になっていた。


現地のYouTuberと思われる人物に絡まれる。
今晩開かれるホテルのパーティーでパフォーマンスをするという。


小さい島ながら、道はきれいに舗装され、あちこちで建設ラッシュが起こっている、発展を感じさせる街だ。
街の中心に教会が建っているが、すぐ隣にはモスクも建っており、朝と夕にはコーランを聞きながら十字架を眺める、不思議な光景が広がっている。


赤道直下に位置しているものの、”暑い”というより、肌に絡みつくような湿って重たい空気のせいで、頭がボヤ〜っとして息が詰まりそうになる気候だ。
雨季の季節なので、連日の暑い曇り空とスコールで港町ということもあり、超ウルトラ高湿度なのだ。

一歩路地裏に踏み込めばスラムとまではいかないまでも、悪臭漂う衛生環境での貧しい生活様が窺える。
ここで今回のインドネシア遠征で何度も登場してくる”手動水洗トイレ”について説明しておく。
手動水洗トイレは、便器の横に水を溜めた水桶が置いてあって、そこから手桶で水を汲み取り、便器を流す仕組みになっているトイレ。
インドネシアでは主流のトイレだ。


これは、”最上級”に綺麗な手動水洗トイレの例。
ホテルではこの様に、ユニットバス形式が多い。
左がシャワー、その下が水桶と手桶、真ん中がウォシュレット的なやつ、トイレットペーパーはだいたい備え付けられない。
水桶はこんなバケツから、風呂釜かと見間違う様な大きいものまで様々。
都市部ではこの限りではないが。


街中心部から抜け出すと、まるで歴史の教科書に描かれている様な木の皮で”作られた”家々が立ち並び、現地の人たちが自給自足の生活をしている。
まるで古代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えてしまうが、Tシャツを着て携帯電話を手にしたバイク乗りとすれ違うと、21世紀の現実に引き戻される。


アジアツアーでよく持ち込むもの。
一番困るのが洗濯。だいたい各自で手洗いすることになる。
特に脱水が面倒で、レース後だとすごい疲れるし、手を抜くと乾かぬ内に出発になってしまう。
そこで今回からサラダの水切り機を脱水機として導入した。なかなか良い感じである。それと、日本の濃縮洗剤は必需品。
他にも、各医薬品、サプリメント、食料。安心して食せる物が少ないので、レース日数分のタンパク質+αは持ち込むようにしている。
基本的に上水道を口にしてはいけない。これは、諸先輩方から語り継がれてきている”鉄則”である。ほぼ、生水と考えてよい。
ホテルの食器類も拭かないと危ないし、歯磨きで口をゆすぐのもリスキーである。


そんな新旧貧富、古今東西がごちゃまぜになっているモルッカ諸島でのレースが始まった。

何が起こるか分からない、自分の身は自分で守れる様に、常に覚悟していなければならないアジアツアーレース。

第1ステージのスタート地点、セラム島はピル(Piru)に向かうために、フェリー移動を含む3時間移動の予定、とレースブックには記載されている。
アジアツアーを経験していれば勘づく、「これは予定通りにはいかないな」と。

朝、6:30に移動バスが到着。
移動バスが予定通りに来るなど、かなりレアなケースで、一応時間通りに下へ降りてきて正解だった。
結局、グダグダして15分遅れでホテルを出発したが。


1時間程でフェリー乗り場に到着。
しかし、乗るはずのフェリーが無い。コミッセールを乗せた小さいフェリーはさっさと出航してしまい、自分達はただ荒波を眺めるだけ。
連絡が入り、荒波で次の船が来れないとのことで、小1時間の足止めを食らう。
やっと乗船できたが、スコールの中、窓の無い狭い客席、トイレはもちろん手動水洗トイレ。
びしょ濡れになりながら、現地購入の炊飯で炊いた白飯で昼食を取る。
食堂や歩き売りもいるのだが、買ってはいけない。高確率で腹を下すだろう。

1時間後、セラム島に到着。
アンボンよりも何倍も大きい島なので発展しているかと思いきや、インフラの整備具合や生活水準はあまり高くさなそうだ。
ちなみに高速道路はない。

港からコースを逆走する形で1時間半、ようやくスタート地点へ到着。
レーススタート時刻は11時だが、到着時刻は12時であった。
スタートの準備を始めようとすると、聞かされていないイベントに参加させられ、スタート時刻も13時に変更される。


各選手の名前が振り当てられた植樹イベント。


ひりし。


2時間も遅れたので、レースが短縮されるかと思いきや、予定通りの強行決行。

今回のレースは総合を狙っていくよりも、各自がステージに向けて動いていく。
結果として総合上位に食い込んでいくだろうが、この後もレースが続くので、あまり追い込んだ走りはしない。

雨が降り続く中、スタートしてすぐに300mくらい登るKOMに差し掛かる。
入る時の位置が悪く、集団先頭に出た時にはトマとリッチーがすでに抜け出していた。
まだ秒差の開きであったので、単独でジョインしたい。が、なかなか抜け出せずに頂上を越える。

下り終えると15人くらいのグループになっていて、7-11とLXが先頭を追う展開に。
しばらくして、先頭をキャッチ。


アタックの応酬の後に、ジャイが4人逃げに乗り、3人の追走に自分が入る。
1分差の追いかけっこを延々続けるが、2人とも段々しんどそうになっている。
後ろのメイン集団までは6分半まで開いた。

120km地点のKOMで、2人がオールアウトして消えてしまった。
まだ60kmもあるし、さすがに1人では無謀すぎるので、後ろの集団へ戻ることにする。
集団に戻り、延々とアタックの泥試合をして、トマが追走で抜け出す。

最後は集団でゴール。
ジャイ達に追いつけなさそうだと早めに判断して、すぐ集団に戻っても良かったかもしれない。
第1ステージということで、できるだけ前で展開しようと思ったが、結果的には無駄脚になってしまった。
調子良すぎて、若干動きすぎたかもしれない。

ゴールは日も落ちた18時前。
暗闇の控えで、片付けを始める。
インドネシアではセルフィがファッション的な何か、撮りためることがコレクションのよな感じで、大流行している。
そんなインドネシアでレースをすれば、珍しいものを収めたいセルフィニストの餌食になることは日を見るよりも明らか。
次から次へと、老若男女、各関係者までもが「ミスタ〜」と携帯電話のカメラを起動させて殺到してくる。
最初はみんな遠巻きで機会を窺っているのだが、1人が勇気を出して「ミスタ〜」と歩み寄り、セルフィを許したその瞬間から、周りにいた観客がセルフィニストへ変貌し、セルフィ対象者へと群がってくるのである。
別に撮られるのは構わないのだが、一瞬の隙もなく「ミスタ〜」と来られては、準備も片付けもままならない。

なんとかセルフィニスト群衆から抜け出して、ホテルへ向かう。
小さな街なので覚悟していたが、思いの外きれいなホテルだった。

21時に夕食を済ませ、ミーティング後、就寝。


明日の予定

2 件のコメント:

  1. お疲れ様です!!
    そそそして…フライングなので…
    早く!第4ステージと第5ステージの!!レポが登場することを!!!祈っています!!!
    嘘です、正座して大人しくお待ちしております
    しかしインドネシアのレースレポはどなたの内容もレースのレポなのかサバイバルのレポなのか一瞬見紛う様相を呈していますね

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    1. ネット環境が悪過ぎて、なかなか作業が捗らない状況でして...
      ご容赦下さいませ。

      アジアツアーは、朝起きてから夜寝るまでがレースです。

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