22.9.17

Tour de Molvccas 2.2 2nd stage

9/19 Tour de Molvccas 第2ステージ 156km(70km)

4:30に起床、朝食をとる。
もちろん、チームで用意してもらった安全な食事。
山を越えての移動のため、予定では5:30出発、4時間移動。


今日も時間通りにバスがホテル前で待機していた。
しかし、朝食をとっていないチームの為に、朝食会場へと向かう。


会場ではコーヒーだ飲むが、機会が故障していて、直に汲み取る。


地面に置かれる食器たち。


それを濡れた布で拭くマダム。


コーヒーをジューサーに移し替えるマダム、マドモワゼル。見なきゃ良かった。


コーヒーは熱々だったので大丈夫だとは思うが、なおさら食べ物に手を出すわけにはいくまい。


カットフルーツも、いつ処理されたものか分からないし、カットしたナイフが汚染されていた場合もある。


バナナは安全だが、このようにカットされていたら危険だ。

会場にトイレはひとつだけ。男女構わず並んでいる。
自分の前には気品漂うマダムが並んでいて、会釈も程々に別段何という訳ではなかった。
しかし、彼女がトイレに入るなり、おっさんがするように「かーッ、ぺっ」と痰を吐く呻き声が轟いてきたのには、面食らってしまった。しかも、かなり絡み込んでいるらしく苦戦している。
トイレから出てきて、どういう顔をしたら良いのか分からず、下を向いていたら一言、「This is the toilet.」と言い残して去っていった。

俺は不思議の国にでも迷い込んでしまったのか。朝も早いので、そんな夢現な心地でトイレに入る。しかし、直ちに現実へと引き戻された。
もちろん、手動水洗トイレ。その水桶に並べられている歯ブラシ。
あくまで想像であるが、ここで歯を磨いていらっしゃる方々がいらっしゃるらしい。手桶で汲んだ水桶の水で口をゆすいで。
そして便器を覗き込むと、大量のトイレットペーパーの山が形成されている。その隙間から...モノがこちらの様子を窺っているではないか。
ここ最近で一番ショックな出来事である。
ばしゃばしゃと水を汲み取る音はしていたが、しっかりと責任を果たしてもらいたいものだ。

インドネシアではあらゆる場面で衛生観念のズレによる、衛生的カルチャーショックに悩まされることであろう。
かの有名なバリ島は行ったことはないのだが、あそこはキレイなのであろうか。

朝からアジアツアー全開だが、長い長い1日の、ほんの始まりに過ぎなかった。

6:30くらいに朝食会場を出発。
1時間程で山道に入り、山の峠を越えていく。日本の峠道とは訳が違う。
まるで映画のセットのような鬱蒼とした密林、本物のジャングルである。
山肌にただ車の通れる道を開いただけの峠道を、上下左右に揺られながら走ってゆく。
整備はちゃんとされておらず、至る箇所で道が崩れている。もちろんガードレールはない。

自分達の乗っているバスが、どうやら一番非力なエンジンを積んでいるようで、次から次へと後続車に抜かれていき、遂に最後尾の車にまで抜かされてしまった。
トルクレスなエンジンで、1速固定のレブリミットで回し続け、急峻で曲がりくねった道、というか壁を登っていく。


山道に入って1時間程経ったであろうか、リッチーがトイレ休憩をしたいと訴え出る。
路肩にバスを停めると、運転手がエンジンを切ってしまった。
どうしたものかと尋ねれば、しばらく前からブレーキが効かなくなっていたという。確かに焼け付く匂いが車内に立ち込めていたが、なんとも恐ろしい。


ドライバーが水をかけて、ブレーキを冷ましている。
リッチーが尿意を催していなかったら今頃、谷底でくたばっていたに違いない。というか。早く止まればよかったではないか。
島を南北に突き抜ける道はそうないので、意外と車の往来がある。道行く人々、パトロール中の警官までもが心配していくが、何もできることがないと走り去ってゆく。


リッチーはさっさと昼寝を始め、ジャイは飯を食べ始めた。


遂にはジャイも寝だす。
南野さんは最初から気絶している。

その場で2時間くらい何もすることがなく、ブレーキが冷めて10:30に再出発。
道のり的には半分くらいは来ているようだが、どうなることやら。


走り出してすぐ、この道路沿いで唯一と思しき山村でバスが止まる。
今度は何だと聞けば、給油をするという。セルフで。


トランクから燃料の入ったタンクを取り出し、ホースで入れるらしい。タンクを高い位置に置き、燃料をホースの中程まで口で吸って入れるらしいが、ホースが短くて入れられない。


すると、ポリタンクから直接給油を始め出した。
足元にビチャビチャとこぼしながら、5番のおっちゃんはタバコをくゆらせている。
写真は身の安全を確保して、精一杯近づいて撮ったもの。

また走り出して1時間経った頃にgoogle mapを開くと、最初に停まった所から直線距離で5kmも移動していないことを確認。
下手したら日が暮れる前にスタート地点まで辿り着けないのではないだろうか。


エアコンはつけられないと、車内で汗だくになりながら、今度は激坂の手前で停車。


今度はエンジンがオーバーヒートしたという。


熱帯雨林ど真ん中。
エンジンの煙が収まると、いろいろな鳥の鳴き声がこだまし、色とりどりの蝶が舞っている。澄んだ森の香りをたっぷり含んだ空気を胸一杯に吸うと、心身ともに軽くなってスッキリした。
まぁ人生、こんな事がなけりゃ、こんな所に来れまいて。


今回のストップでは、自然に詳しい関係者がガイドを務める、自然観察会が自然発生していた。


インドネシア語で、全く分からなかったけど。

さらに2時間半、ぎりぎり何とか電波の入る所まで進み、監督から電話が入る。
なんでも、自分達のバス以外は全員スタート地点に到着しているが、山岳ジャージ(リッチー)とポイントジャージ(トマ)がいないことに、やっとコミッセール達が気付いてパニックになっているらしい。


やっとこさ、14:30にスタート地点に到着。
予定では12:00レーススタート。


コミッセール、監督、選手間で話し合いが行われた。
st.georgeの監督は待ちくたびれたのか、コーヒーが5杯目に突入している。

始めはコミッセールプレジデントが「これ、走れるっしょ。晴れてるし、ハッピーだ」と予定通りにレースを行おうとする暴挙に出かかる。
すでに15:00にもなろうとして薄暗くなっている中、さすがに全行程は不可能ということで、70km地点の補給所ゴールと相成った。
また、選手間で「ノーアタック」の協定が結ばれ、ゴール前勝負だけで争うことに。


スタートが切られるが、リーダーチームがペースを作り、ほぼニュートラル状態でレースが進む。

しかし、24km地点のスプリントポイントで事件が起こる。
スプリント争いで抜け出した数名がそのまま先行していく。もちろん、ルール上は問題ないのだが、まさかの事態に集団は蜂の巣を叩いたような慌ただしさになってしまう。

後ろでのんびり脚を回していたので、突然の事態に急いで前へ上がり、先頭を追う。
リーダーチームは昨日、1人リタイアしたので数が足りない状況。

何とか振り出しに戻して、キナンもペースコントロールに加わる。
大雨に降られながら平和にレースを進め、最後は安全な位置でゴール。


急遽決まったゴール地点周辺。何もない。
ゴールしてすぐ民家の軒下に駆け込み、着替えを済ませる。


バスに乗って出発、と思いきや、燃料を買うとかでストップ。


こころの底からやれやれと思った。
もちろん当初のゴール地点は80km先にあって、ホテルはそこからさらに移動しなければならない。


バスに揺られて、2時間。19:45。
レースが強行されていればゴールするであろう時間だが、すでに真っ暗。
それでもレース短縮を知らない観客が盛り上がっている。

ところが今度は、「このバスはお前らのホテルには行かない。お前らのバスがどれかは知らん」と、放っぽり出されてしまった。
夕食会場があるが、もちろん口にはできない。
行くあてもなく、立ち尽くすのみ。
セルフィニスト達が集まってくる。

見かねて救いの手を差し伸べてくれたガイドのお陰で、何とかホテルに直行。
もちろん、手動水洗トイレ付きユニットシャワーの冷水を浴びる。


部屋には、インドネシアのミノムシが大量発生していた。
21時にバッグと自転車が到着して、洗濯やら明日の準備やら。
23時就寝。

はて、今朝の事がいつの事であったか。


明日の予定。

Tour de Molvccas 2.2 1st stage

9/18 Tour de Molvccas 第1ステージ 180km


中部国際空港からジャカルタを経由し、アンボン(Ambon)という街までやってきた。
ジャカルタ−アンボン便ではなぜか、ビジネスクラスの席になっていた。


現地のYouTuberと思われる人物に絡まれる。
今晩開かれるホテルのパーティーでパフォーマンスをするという。


小さい島ながら、道はきれいに舗装され、あちこちで建設ラッシュが起こっている、発展を感じさせる街だ。
街の中心に教会が建っているが、すぐ隣にはモスクも建っており、朝と夕にはコーランを聞きながら十字架を眺める、不思議な光景が広がっている。


赤道直下に位置しているものの、”暑い”というより、肌に絡みつくような湿って重たい空気のせいで、頭がボヤ〜っとして息が詰まりそうになる気候だ。
雨季の季節なので、連日の暑い曇り空とスコールで港町ということもあり、超ウルトラ高湿度なのだ。

一歩路地裏に踏み込めばスラムとまではいかないまでも、悪臭漂う衛生環境での貧しい生活様が窺える。
ここで今回のインドネシア遠征で何度も登場してくる”手動水洗トイレ”について説明しておく。
手動水洗トイレは、便器の横に水を溜めた水桶が置いてあって、そこから手桶で水を汲み取り、便器を流す仕組みになっているトイレ。
インドネシアでは主流のトイレだ。


これは、”最上級”に綺麗な手動水洗トイレの例。
ホテルではこの様に、ユニットバス形式が多い。
左がシャワー、その下が水桶と手桶、真ん中がウォシュレット的なやつ、トイレットペーパーはだいたい備え付けられない。
水桶はこんなバケツから、風呂釜かと見間違う様な大きいものまで様々。
都市部ではこの限りではないが。


街中心部から抜け出すと、まるで歴史の教科書に描かれている様な木の皮で”作られた”家々が立ち並び、現地の人たちが自給自足の生活をしている。
まるで古代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えてしまうが、Tシャツを着て携帯電話を手にしたバイク乗りとすれ違うと、21世紀の現実に引き戻される。


アジアツアーでよく持ち込むもの。
一番困るのが洗濯。だいたい各自で手洗いすることになる。
特に脱水が面倒で、レース後だとすごい疲れるし、手を抜くと乾かぬ内に出発になってしまう。
そこで今回からサラダの水切り機を脱水機として導入した。なかなか良い感じである。それと、日本の濃縮洗剤は必需品。
他にも、各医薬品、サプリメント、食料。安心して食せる物が少ないので、レース日数分のタンパク質+αは持ち込むようにしている。
基本的に上水道を口にしてはいけない。これは、諸先輩方から語り継がれてきている”鉄則”である。ほぼ、生水と考えてよい。
ホテルの食器類も拭かないと危ないし、歯磨きで口をゆすぐのもリスキーである。


そんな新旧貧富、古今東西がごちゃまぜになっているモルッカ諸島でのレースが始まった。

何が起こるか分からない、自分の身は自分で守れる様に、常に覚悟していなければならないアジアツアーレース。

第1ステージのスタート地点、セラム島はピル(Piru)に向かうために、フェリー移動を含む3時間移動の予定、とレースブックには記載されている。
アジアツアーを経験していれば勘づく、「これは予定通りにはいかないな」と。

朝、6:30に移動バスが到着。
移動バスが予定通りに来るなど、かなりレアなケースで、一応時間通りに下へ降りてきて正解だった。
結局、グダグダして15分遅れでホテルを出発したが。


1時間程でフェリー乗り場に到着。
しかし、乗るはずのフェリーが無い。コミッセールを乗せた小さいフェリーはさっさと出航してしまい、自分達はただ荒波を眺めるだけ。
連絡が入り、荒波で次の船が来れないとのことで、小1時間の足止めを食らう。
やっと乗船できたが、スコールの中、窓の無い狭い客席、トイレはもちろん手動水洗トイレ。
びしょ濡れになりながら、現地購入の炊飯で炊いた白飯で昼食を取る。
食堂や歩き売りもいるのだが、買ってはいけない。高確率で腹を下すだろう。

1時間後、セラム島に到着。
アンボンよりも何倍も大きい島なので発展しているかと思いきや、インフラの整備具合や生活水準はあまり高くさなそうだ。
ちなみに高速道路はない。

港からコースを逆走する形で1時間半、ようやくスタート地点へ到着。
レーススタート時刻は11時だが、到着時刻は12時であった。
スタートの準備を始めようとすると、聞かされていないイベントに参加させられ、スタート時刻も13時に変更される。


各選手の名前が振り当てられた植樹イベント。


ひりし。


2時間も遅れたので、レースが短縮されるかと思いきや、予定通りの強行決行。

今回のレースは総合を狙っていくよりも、各自がステージに向けて動いていく。
結果として総合上位に食い込んでいくだろうが、この後もレースが続くので、あまり追い込んだ走りはしない。

雨が降り続く中、スタートしてすぐに300mくらい登るKOMに差し掛かる。
入る時の位置が悪く、集団先頭に出た時にはトマとリッチーがすでに抜け出していた。
まだ秒差の開きであったので、単独でジョインしたい。が、なかなか抜け出せずに頂上を越える。

下り終えると15人くらいのグループになっていて、7-11とLXが先頭を追う展開に。
しばらくして、先頭をキャッチ。


アタックの応酬の後に、ジャイが4人逃げに乗り、3人の追走に自分が入る。
1分差の追いかけっこを延々続けるが、2人とも段々しんどそうになっている。
後ろのメイン集団までは6分半まで開いた。

120km地点のKOMで、2人がオールアウトして消えてしまった。
まだ60kmもあるし、さすがに1人では無謀すぎるので、後ろの集団へ戻ることにする。
集団に戻り、延々とアタックの泥試合をして、トマが追走で抜け出す。

最後は集団でゴール。
ジャイ達に追いつけなさそうだと早めに判断して、すぐ集団に戻っても良かったかもしれない。
第1ステージということで、できるだけ前で展開しようと思ったが、結果的には無駄脚になってしまった。
調子良すぎて、若干動きすぎたかもしれない。

ゴールは日も落ちた18時前。
暗闇の控えで、片付けを始める。
インドネシアではセルフィがファッション的な何か、撮りためることがコレクションのよな感じで、大流行している。
そんなインドネシアでレースをすれば、珍しいものを収めたいセルフィニストの餌食になることは日を見るよりも明らか。
次から次へと、老若男女、各関係者までもが「ミスタ〜」と携帯電話のカメラを起動させて殺到してくる。
最初はみんな遠巻きで機会を窺っているのだが、1人が勇気を出して「ミスタ〜」と歩み寄り、セルフィを許したその瞬間から、周りにいた観客がセルフィニストへ変貌し、セルフィ対象者へと群がってくるのである。
別に撮られるのは構わないのだが、一瞬の隙もなく「ミスタ〜」と来られては、準備も片付けもままならない。

なんとかセルフィニスト群衆から抜け出して、ホテルへ向かう。
小さな街なので覚悟していたが、思いの外きれいなホテルだった。

21時に夕食を済ませ、ミーティング後、就寝。


明日の予定。

12.9.17

選択:A

選択肢は少ない方が良いか、多い方が良いか。

中学生時代に先生が受験志望校について、「面談の時に、”どれでも好きな学校を選んでいいよ”と言われるのと、”君にはもう、この学校しかない”と言われるようになるのと、どちらが良いかな?」という件があった。
趣旨としては、自分の望める学校の選択肢をひとつでも増やせるようにより勉学に励みましょう、という事だったと思う。

なんてことはない言葉だったとは思うのだが、遊ぶことしか考えていなかった当時の自分には、何だか光で頭を殴られたような、衝撃的な言葉のように聞こえたのだった。
よく分からないが何かこう、偏差値を上げろというだけの話に収まらず、これからの人生で地に足着けて生きていく強さを身につけていかなければならない、今までの俺はいったい何をしていたんだろうか、という感覚がむくむくと膨らみ、焦りに身が引き締まった覚えがある。
なので今日でも、ちょくちょくあの場面を思い出す。

中学校といえば義務教育真っ只中。(地元の公立)
特にやりたい事も無かった(自営業の社長になる、カメラマン、何かのスポーツ選手になる、という願望?はあった)ので、目の前のやりたい事だけに集中していた。
宿題とテストさえこなせばそこそこの成績は出るし、授業・部活では提示された課題を淡々と消化する日々。
勉強は好きだったが、それ以上でもそれ以下でも無かった。

そんな時に直面した高校受験。初めて感じる、大きな人生の岐路であった。
掴み所・実体の無い未来に向かって、己の行く末を、己の考えだけを根拠に、己で舵取りする事がこんなにも重くて難しい事か、本当にこれで良いものかと不安で心細かった。
数ある学校の中から希望校を絞れだなんて言われても、どれが自分に一番良い選択肢かなんて分かりゃしないし。いっそのこと、無難に入れそうな学校を先生が指定してくれたら楽なのに、と思ったほどだ。
体良く書いた風だけれども、「マジでやべぇ、これじゃ内申ギリじゃね。まあ、何とかなるっしょ。」くらいな感じだったかもしれない...

自分の中に確固たる基準が無い時に選択肢が多すぎると迷ってしまって、結果的にベストな選択肢を見つけられない事に陥りがち。
反対に選択肢を指定されると、悩まなくて楽だし、その中でのベストというのは簡単に達成できる。しかし、それ以上の物にはならず、自分を制限してしまう事になりかねない。

サドルだってそうだ。

初めてのロードバイク。
完成車で購入してもらったのであるが、サドルは完成車にありがちなふにゃふにゃな物が付いていた。
初めて乗った時には、感じたことのない”ジワ〜っ”とした痺れ?のようなものを感じて痛かったが、「こんなものか、そのうち慣れるだろう。」と特に気にせずに乗り続けていた。
慣れの問題なのか、ポジションの問題なのか、サドルが悪いのか、勝手が分からないので対処方法も分からない。

人間の身体というのは凄いもので、異常があると良くも悪くもそれに適応(トレーニングも身体にしてみれば異常事態。繰り返し行うことで高強度に適応していく)してしまう。
ロードバイクにも慣れて、人見知りの自分もやっとこさクラブチームの方々と話ができるようになった頃、サドルの乗り比べをさせてもらうことになった。
跨ったその瞬間に、「あぁ、今までなんて無駄な労力を使っていたのだろうか。」と悟った。今まではサドルに逃げていた駆動エネルギーがしっかりとペダルに伝わることで脚がぐるぐる回り出し、さらにサドルに座っていて気持ちが良いということに感激した。

もちろん最初のサドルが自分に合っていれば、全く問題はない。問題は少しでも違和感を感じる場合。
シューズは購入の際、試着をしてから購入できるであろう。ハンドル回りは調整とステムの交換で、ある程度の応急処置はできる。
しかしサドルばかりは、仮にポジションが出たとしても、やはり自分に合った物を選び出さなければ根本的な解決には至らない。

自分にはこういう形状・硬さが良いのだな、というイメージがあれば数あるモデルの中から選び出す事もできようが、初めてのサドル選びや座ったことのないモデルを購入するという時は、そう安い物でもないのでなかなか勇気がいるものだ。

そんな時にオススメしたいのが、fi'zi:kのサドルである。
まず自分に合ったサドル選びの為に、全国のバイクショップで自分のバイクに試着できる”テストライドサドル”が用意されている。
”スパインコンセプト”により、ある程度まで選択肢を絞り込んでもらえるので、初めてのサドル選びでも心強いサポートをしてくれる。
最終的には数値や理屈ではなく、実際に現物を試した使用感で、数あるラインアップから自分に合うモデルを選び出すことができる。
試乗できるモデルがあるか、問い合わせて頂きたい。

自分的には、幅は細め、横断面は丸め、縦断面には反りがあり、硬めのサドルが好み。


fi'zi:k ALIANTE R3 Regular
今まで幾多のサドルに座ってきて、今のところALIANTEの座り心地が一番好きだ。


よく後ろが幅広なのでどっしり座れると言われているが、前方部分は他のロードモデル(ARIONE、ANTARES)よりも細身。
横断面も一番ラウンド形状で、縦の反りも深すぎず浅すぎずでちょうど良い。
パッドは厚めだが硬めの素材なので、個人的にはかなり気に入る座り心地になる。


この形状で幅が欲しいならば、幅広のLargeも選べる。
反りがあるタイプだが、座れる場所の自由度はかなり高い。


耐腐食性と剛性に優れた、中空のK:iumレール。汗や雨、輪行時の強い衝撃にも耐える。
ALIANTEモデル(ALIANTE 00以外)のシェルには場所により2種類のカーボン素材を使い分けたTWIN FLEXが採用されていて、軽量でありながら「ソファの座り心地」と表現される快適性を実現。


fi'zi:k ARIONE R3 Regular
fi'zi:kが世界に誇る代表作、ARIONE。fi'zi:kといえばARIONE、と言っても過言ではないのではなかろうか。
グレードの高い完成車だと選ばれていたり、とにかく万人に受け入れられるサドルだ。


フラットな縦断面とほぼフラットな横断面。縁がやや丸みを帯びている。
自分も以前はARIONEユーザーであった。
座面の長さとフラット形状により、座る場所を変えたいライダーによく好まれる。


fi'zi:k ANTARES R3 Regular
ARIONEとALIANTEの中間的なサドル。


やや反りがある縦断面とフラットな横断面。
軽量クライマーや、小柄で状態が立ちやすいライダーが好む傾向があるように思う。


KLI:K BAG Medium
またI.C.S対応サドルならば、KLI:K BAGやLUMO L1などのサドルアクセサリーを簡単に取り付けることができる。

サドルの使用感はかなり個人差が出てくるので、ここでは敢えて使用感は書かない。
先入観なしで、自分に合ったサドルを見つけて頂きたい。

結局よく分からない志望動機で希望校を決めて、あげく学歴もへったくれもないスポーツ選手になった訳であるが...
人生、どの様に進んでいくか分からないものである。

続く。

fi'zi:k